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フリースクール「ラヴニール」の日常と、その他イベントのお知らせ・ご報告。他にはフリースクールとは? 学校に行かないあいだに何があった? などの連載をしています。 Posting of comments like the following will be declined: ・Comments other than Japanese. ・Comments that seems to be in Japanese through translation website.
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 私自身、最近の流行であったりゲームなんかにはあまり詳しくありませんが、やりこんでる! というわけではないけれど、ひとつだけ好きなものがあります。
 具体的なタイトルでは言わないようにして、内容のみにしますが、基本は日本地図のすごろく、目的地に向かい、途中で農林や観光、飲食、水産などの「物件」を買いながら、各種妨害などにもめげずに最終的に手持ちの金額・資産額(物件を買ったら毎年利益率分だけ収入が入ってきます)が多かった人が勝ち。
 
 わかる人、いますよね(笑)
 
 最新シリーズはやっていませんが、途中いくつかはやったことがあります。
 それまで、どのあたりはこんな感じ、とざっくりとしか知らなかったけれど、その土地の名産であったり有名な農産物であったりまで忠実に作られているので、遊びながら、「○○は牛タンでしょ~」「△△にはピーマンってあった」なんていう会話が出てきてしまうぐらいでした。
 
 今のシリーズは、もっとこの「物件」が増えているみたいですね(^^
 
 このゲームに、今、私の子どもがはまっています。
 まだ助言は必要だけど、「同じ金額でパーセントの数字が違う場合は、パーセントの数字の大きいほう(利益率)を先に買う」などのアドバイスをもとに、一生懸命がんばっています。
 
 昨日、テレビを見ていたら、兵庫県北部に大雪警報が出た、との字幕ニュースが。
 
「ああ、豊岡とかで警報ってことは、相当たくさんなんだろうな」
と私が言うと、
「どのへん?」
と子どもが尋ねてきたので、
「そうだねぇ・・・。ほら、皿そば屋さんがたくさんある、出石ってあるでしょ? あのあたりも、兵庫県北部になるかな」
 
 他にも兵庫県北部に該当するところが出てきていたのかもしれませんが、私がぱっと思いついたゲーム内に登場する地名を言うと、
 
「上(=画面上の。方角では北にあたる)に進むと海があるところ?」
「じいじのところも上に海があるから、雪がたくさん降るのかな」
 
 それだと四国の香川や愛媛も上に海があるよ、と言いたくなりましたが、そこは子どもなりの解釈として。私の実家がある北陸も、日本海に面しているよね、と言いたかったのでしょう。よく見てるのね! と驚きました。
 
 私自身、あまり長い時間ゲームをやるというのは好きではありません。一方で、モノによるかもしれませんが、完全否定もしません。なぜなら、私もゲームではないけれどYoutubeとか見るし、上記のように学びにもつながり、そこから感性を働かせて他のところへの想像にもつながるなど、広がりが見られるから。
  
 (最近では、子どもと一緒になって鉄道系と呼ばれるYoutuberさんや鉄道そのものの動画がお気に入り)
 
 あまり長い時間やり続けるのではなく、ほどほどにね。と思いながら、

 子どもは遊ぶことを通じて学ぶ
 
を見事に体現しているなぁと、感心した一場面でした。
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 フリースクール、その前の学校に行けない・行かないことと関わるようになって、どのぐらい経ったか数えるのも面倒だなと思うぐらいにはなりました(汗) 
 このあいだで、変わってきているなぁと思うことがいくつかあります。あくまで個人の感覚ですが、以前と最近の比較でまとめてみたいと思います。かぎカッコでの表記は、その当時の子どもの声です。
 
 
・少し時間をかけて通ってくる子が多い。
 
 フリースクールの所在地(市町村)と住んでいるところが異なる子どもが多かったような気がします。
「地元にいたくない。地元にいたら、出かけたときに顔見知りに声をかけられるのが嫌だもん」
 
・問い合わせを含めて、年齢は中学生以上が多い。
 
 遠いと、1時間以上かけて通ってきたり、市町村どころではなく、県をまたいで来る子もいたり。電車やバスなどの公共交通機関を利用して来るという子が結構いました。学割定期券を購入するための手順とか、他フリースクールさんとマニュアル共有していました(今でも使っています)。
 
・保護者の方から直接問い合わせ。
 
 ホームページでみました、と、メールや電話でのお問い合わせが多かったですね。
  
 
 ここからは、最近の傾向。
 
・近隣からのお問い合わせが増えている。
 
 そういえば、市町村をまたいでくる例が、ぐっと減りました。帰り道に知り合いの人とかお友達と会っちゃうことってある?と尋ねたら、
「あるけど、別にあんまり気にならんし」
 
・問い合わせを含めて、年齢は小学生がぐっと増えている。
 
 今も中学生の方のお問い合わせはありつつ、この数年で小学生の方のお問い合わせはぐっと増えてきています。
 
・フリースクールだけでどうにかしよう、という方は減ったかな?
 
 保護者の方からの直接のお問い合わせは今もありますが、地域の相談先等に相談をされていたり、在籍する学校の担任の先生やスクールカウンセラーさん、医療機関などと関わりながら、いろいろ方法を模索されているな、という様子が見受けられます。
 
・保護者の方以外からの問い合わせが増えている。
 
 保護者の方から直接のお問い合わせもありつつ、相談機関の方や、スポーツ、芸術等の地域のサークルの方などから問い合わせをいただくことが増えました。
 
 
 
 お問い合わせに、以前も最近も、傾向は関係ありません!
 こんな場所があるとお知らせいただけるのであれば、保護者の方でも、学校の先生でも、カウンセラーの方でも、スクールソーシャルワーカーの方でも! ぜひ、お問い合わせくださいね。
 
 

昨日は節分でした。皆さん、恵方巻きを食べたり、豆まきをしたり、したのでしょうか?
  
 豆まきといえば。
 私の子どもの話ですが、その日は保育園で節分行事でした。保育室に鬼がやってきて、おもちゃのボールを投げて追い払う! ということになっていたんだそうですが、そこは小さい子、鬼が怖くて、みんな一目散に部屋の隅へ! いつもならスタスタ、時に小走りしていた当時のうちの子も、そのときはなぜかハイハイで猛ダッシュ! とにかく必死な姿に、先生たち大笑い! だったそうです。
 
 新型ウィルスなんてどこ吹く風だった数年前の話ですが、今でも、当時の担任の先生たちと、笑い話として出てくるぐらいです(笑)
 
 だからか? おばけや鬼といった類が苦手なようで、5歳になった今でも、「鬼」の名前を出したら「もう鬼さんいない?」と尋ねてくることもあります。小さいときのインパクトというのは、それだけ大きなものなんでしょうね。
 
 よくわからないけれど、なんで○○が嫌いなんだろう? は、まだ物心つく前の出来事が大きく関わっている、なんて言われていたりします。
 皆さんも、何か「よくわからないけれど苦手なもの」は、ありますか??
  

 
 

いずれリンク切れになってしまうかもしれませんが、
 
 https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/otherballgame/rugby/2022/01/10/post_4/
 
 この記事の内容が好きです。

「正解はひとつではない」こと。
「当たり前を疑う」こと。
 
 いずれも大事な視点だなぁと。
 
 もちろん、「すべての当たり前を疑え」と言いたいわけではなく、「○○と言われているけれど、本当なのかな?」と考えて、あれこれ試してみて、その結果自分に合う答えを導き出せばいいのではないか。その意味でも、正解はひとつではないということ。
 
 記事を読みながら、ふと思い出しました。
 
 中学生のころ、たまたま、同級生に会いました。
「ずっと、何してるの?」
 中学校に行っていなかった私を見かけたので、声をかけてくれたのでしょう。私は、しばらく考えて、
「うん、学校に行かないことで見えてきた人生とか、考えてた」
 なにそれ~、と同級生は笑いましたが、その瞬間、「ああ、この人にとって学校に行くということは疑いもしない当たり前なんだな」と思ったものです。
 
 行って当たり前だと思っていた学校に行けなくなったことで、みんなができていることができないなんてと自分を責めたこともありましたが、一方で、いじめを苦にした生徒の自殺のニュースを聞いたり、その他学校に関するニュースを耳にするたび、「学校って本当に安全なのだろうか」と疑う気もちも持ち始めました(当時は「学校なんて見るのもいや」という気もちが強かったので、自分の中で「学校が悪い」ということに結論付けておけば自分が保たれるという意味で、何かにつけて学校を疑っていました)。
 
 学校という場の中にいたら、「果たしてそれは本当にそうなのか?」と疑う気もちを持たないまま、ずっといたかもしれません。
 ゆがんではいるかもしれないけれど、「当たり前に対して疑問をもつ」という姿勢を教えてくれたきっかけでした。
 
 考えてみた結果、「当たり前をそのまま信じてみる」という答えでも、全然いいんです。「これが当たり前だから」ではなく、「なんで当たり前なんだろう?」って考えてみることで、ちがった考え方が生まれてくるかもしれない。正解はひとつでなくてもいい。あるいは、正解が誤答になる場合だってありうる。
 
 時にマニュアルも大事だと思いつつ、かといってマニュアルだけのガチガチもちがうと思いつつ、「自分で考えて行動する」こととのバランスの取れた、しなやかな状態でいたいなと思わせてくれるエピソードでした。
 
 


 たまたま、数年前のあるノートを見返したとき。
 
 そのときの私、「今月できたこと」が、想定していた1割でした。
 その前にしなきゃと思っていることを書き出し、それに対してどのぐらいできているか、の評価が1割。とてつもなく低い数字でした。
 
 言い訳をするなら、そのときはちょうど第二子妊娠中。人によるかもしれませんが、私の場合、2人目のときは吐き下すことはなく、ただひたすら、気力がずどーんと落ち込みました。倦怠感というのとも、またちょっと違った気がします。
 何より大変だったのは、自分だけなら体調が悪くても何とかなるけれど、第一子はそうはいかない。私が体調悪かろうがなんだろうが、お腹がすけばお腹すいた! と要求してくるので、
「お母さんは食べたくないの!」
を理由に作らないわけにもいかない。
  
 結果、レンジであたためてすぐに食べられる、冷凍のピザ。
 
 そのときの私、とにかく「あれもやらなきゃなのに」「でも実際、思っても体動かない」「でもやらなきゃ、やらなきゃ」と思っているうちに1日が終わり、ご飯も作れず、家事も思うようにできず、ずどーんと落ち込んだまま、また次の日も、という日々でした。 
 
 ノートに書いてあった「しなきゃと思っていること」。
 
・そうじ
・片付け
・栄養バランスのとれたご飯づくり etc.
   
(項目は他にもありますが、ひらがな・漢字のちがいは原文ママ)
 
 これらができてないなと思って、評価が1割。1割でも実は高めに見積もったぐらい。
 
 それに対して、他の人から。
 
「掃除は、どんな掃除?」
「う~ん、とにかく全体」
「片付けは?」
「とにかく雑然としているので・・・」
「ご飯は?」
「とにかくしんどいので、作るに作れないけれど、でも子どもにも、好き嫌いのないようにしたいし・・・」
 
 
「でも、現状できてなくて悩んでるんだよね? もっと細かくしてみたらどうだろう?」
  
 
 その人や周りの人が教えてくれた方法は、こう。
 
「全体を掃除しようとすると大掛かりになって大変かもね。今日はここ、明日はここ、ってわけて掃除したり、ちょっと机の上を拭いたりホコリがかぶっているところを拭くのも、掃除だよね」
 
「掃除や片付けをしないと、命に関わる? そうでないなら、今は目をつぶって、あまり無理せず動けるようになるまではゴメン! っていうのも、ありかも」
 
「ご飯も、栄養バランスよりも前に、最低限食べる事はできているんなら、まずは何が大事かということだけ見失わなければ、今はそれでいいんじゃない? 栄養バランスは、最低限の『生命の保持』ができてからの話で」
 
 大きく考えてできてない! と思うのなら、そのできていないことを小さくして考えよう、と教えてくれました。
 
 しんどくて横になっていても、手の届く範囲ならガリバー状態でも何とかできるかも。
ちょっと調子がいいなら、棚のホコリぐらいなら拭けるかな。
 今積み上げられている紙類を分けてファイリングしたりするのも、座ったままでできる「片付け」だよな。 
 食事のバランスも大事! だけどもっと根幹の大事なことは、命を保つということだ!
 
 と思ったら、少し気もちがラクになって、「あれもできてない」「これもできてない」と、「ない、ない!」で必死だったのが、「小さいけれど、あれもできてる、これもできてる!」と、気もちを少し、前向きにすることができました。
  
 
 問題は分けて考える。
 
 他の人がしてくれたのは、この過程。
 もっと突き詰めてやる場合は、問題点や課題が出てきたら、
 
 ・その問題点が、なぜ問題点なのか。
 ・それは本当に問題点か? 別の考え方ができないか?
 ・この問題点を、どうしたいか(考えないことにする、先延ばしするなどの向き合い方も可)
  ⇒今向き合う! のなら、どうやって問題を問題でなくする?

 ここで、「分ける」という作業が出てきて、
 ・場所で分ける
 ・時間や期間で分ける
 ・人手で分ける
 
 などの方法を提示してくれたわけです。
 
 
「将来の目標なんて何もないや」
と、言う子どもがいます。別に悪いことだとは思いません。早く決めてそれに向かうのもアリだし、成長するにつれて見つけていくのもアリだし、もしかしてずっと探し続けて、今考えた道と違う方向へ進路を変えているかもしれないし。

 もし、目標がないことに問題に感じているのなら、「将来」という漠然と大きなものでなく、「1ヵ月後」「1年後」「○歳」は、こんな自分、これができるようになっている自分、分けて考えていくと、何か見えてくるかもしれないな、と、ふと思いました。
 
 




プロフィール
HN:
フリースクール「ラヴニール」
年齢:
14
性別:
非公開
誕生日:
2010/04/01
自己紹介:
2010年4月より大阪市にて活動をしているフリースクールです。日常の様子、思うことなどを更新しています。過去には、学校に行かなかった体験談、フリースクールって何なん? も、連載していました(カテゴリ分けしてあります)。
 
ブログ投稿者:
代表と、スタッフ1名で担当しています。
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