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フリースクール「ラヴニール」の日常と、その他イベントのお知らせ・ご報告。他にはフリースクールとは? 学校に行かないあいだに何があった? などの連載をしています。 Posting of comments like the following will be declined: ・Comments other than Japanese. ・Comments that seems to be in Japanese through translation website.
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プーさんです。
代表やすみれオさんみたいにきれいなエピソードではありませんが。
 
一時期の僕にとっては、日の出は「もう寝たら?」の合図でした。夜中も友達とチャットとかしてずーっと起きていて、お腹すいたな~と思って隠し持っていたお菓子をつまんで、そのうち外で新聞配達のバイクの音が聞こえてきて、外が薄明るくなってきたら「まずい、そろそろやめないと!」って思うんだけど、なぜか夜中っていろいろとはかどるんですよ。友達とのチャットも続く続くで、外はすっかり明るくなり、太陽がのぼっていました、な状態に。
 
親には特に怒られはしなかったです。こういったことをしていたのは次の日が日曜の場合だったので、親もゆっくり起きてくる日で。だから「えらく早く目が覚めたんだね」って言われたこともありました。
「一度目が覚めたら寝つけなくて」って返したと思うんですが、今思うと、これは本心で言っていたのか、それとも「こんな時間まで起きてたの?」の裏返しだったのか。ナゾです。その後、「実は完徹でした」ということがバレないように、ごまかすのが大変でした。寝ていない分眠気は襲ってくるので、どうやってごまかしていたっけな。
 
今じゃ、あのときみたいな無謀な夜更かしはできないなぁって思います。だから、代表のエピソード見たときに、クスッと笑ってしまいました。
 
ああ、若いっていいなぁ。
 
 
 

 
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代表! 私のリクエストに答えていただき、ありがとうございます!

合宿をしていたのも、代表が見学にいらした方にお話されている、「月に1回ぐらい集まっていた場所」と同じでしょうか? 場所の活動が終わるときに「この場所のようなところがどこかでは続いていてほしい」と言った、というエピソードが私は好きで、月に1回ぐらい集まっていた場所でのことが、今の代表の原点なのかなと途中から思いながら読みました。
 
この「月に1回ぐらい集まっていた場所」のことは、資料を何度も修正しても「ここは残して!」と毎回代表がこだわっているところです。気になる方は、直接代表に話を聞いちゃいましょう! 時が経つほどに、あれもこれもと思い出すことがあるようで、きっと1時間や2時間では聞き出せないぐらいたくさんのエピソードがありますよ!!
 
さて、私の日の出エピソードですが。
 
病院の中なので直接の日の出ではないんですが、私が生まれた時間が、ほぼその日の日の出時刻だったらしいんです。だから、あらかじめ考えられていた私の名前を、太陽にちなんだ名前に変えるかどうか迷ったとか。太陽の「陽」の字がつく名前、「日」の字がつく名前。迷いに迷って、新しく候補も出して。結局、最初に考えていた名前に落ち着いたのですが、もしかしたら私の名前は、今名乗っているものではなくてちがうものだったかもしれなかったみたいですよ。
 
どんな名前が候補にあがっていたのかは教えてもらっていませんが、ちがう名前になっていたら、字画も変わっていたでしょうし、そしたら性格なども変わっていたのかな、なんて。
 
プーさんの日の出に関するエピソードは、どんな感じですか?
 

「『初』からは遠ざかるけど、12/19の日の出前の薄明るい時間帯の話を聞きたいです~」
 
 と、お題設定者のすみれオより。内輪で盛り上がって申し訳ないのですが、もともとそういうコーナーだし! 初日の出についても思い出があると言えばあるのだけど、よし! リクエストにお答えして! 私、代表の日の出にまつわるエピソードを。
 
 その昔、中学時代学校に行っていなかった私は、月に1度のちっちゃい集まりと、春、夏は合宿をする、某居場所に参加していて。中学何年生だったかな、の3月(春合宿)、2泊3日ぐらいの最終夜(2日目と3日目のあいだの夜)は、特に消灯時間など定めず、もちろん一定の時間で寝るのもあり、とことん夜更かしもOK。次の日はみんなだらだらゆっくり起きて、という流れに設定されていて。
 私も、どこまで起きていられるかなぁって。何となくだけど「夜のほうが強い! 夜型だもん!」って思っていたのと、家だったら間違いなく「さっさと寝なさい! 朝はみんなと一緒に起きてご飯食べなさい!」って言われる状況がないこととで、挑戦してみたの。そうしたら、誰だったかが、
 
「このままずっと起きていて、日の出を見に行こうか」
 
って言い出してね。3月といえど早朝、そして海辺だったから、風もまだまだ冷たい。それでも行ったみんなで、日の出前の薄明るい状態から日がのぼるところまでを見届けたの。
 
 家だったら、こんなことをしたら間違いなく怒られてる。私にとっていけないことをしても、ここは許されるし、「してもいいんだ」っていう安心感と、親の目が届かない解放感が、あったんだ。寒いんだけど日がのぼってくるまで待つあいだのワクワクも、あったかも。
 
 その後、泊まっていた先に戻ったら、遅めの朝食の時間まで、バタッと倒れるように寝てたらしいけどね(笑) 今思うと無茶してんなぁ、って思うけど、こういう「無理のない範囲の無茶」が許されること自体なかったから、今でも鮮明に覚えてる。
 
 あのころのみんな、元気かなぁ・・・
 
 と、長めになったけれど、日がのぼる前の薄明るい時間帯にはあのころの自分を思い返してるよ。寒いからなかなか難しくはなったけどね。
 
 お二人には、どんな「日の出」のエピソードがある?
 
私からも、新年あけましておめでとうございます。もうさすがに、お正月ボケは解消されたでしょうか? すみれオです。
 
プーさん、おせち料理はつくるおうちだったんですね! 私の家では、もうここ何年ずっと、市販のものです(笑)
 
でも、我が家の場合の大型連休やお彼岸ほどの勢ぞろいではないけど、集まれる親戚がとりあえず集まる時でもあるので、「何か一品持ち寄りで集まろう」というのが定番でした。そんなに人数集まらないので、むしろこちらのほうが、作っていくものが少なくすんで、母も楽だったみたいです。お正月だからとおせち料理にはこだわらず、お肉系やらサラダやら、なんとなく重ならないようにの打ち合わせはするけれど、あとはお任せで! 何が食卓に並ぶのか、今でもひそかに楽しみな行事のひとつです。
 
私も甘いのが大好きです! 伊達巻のあのぐるぐるしたのをほぐしながら食べていたら、行儀が悪いって怒られたのも、今となってはいい思い出ですね。
 
それから、代表! 初めて聞きました! 市販のものを買う前は、おせちの残ったものは翌日も、ということはあったけれど、2日や3日ぐらいからは、もう普段どおりのご飯でした。ふりかけもばっちりかけてましたし。お雑煮も、1日だけ。あとの残ったお餅は、磯辺もちもそうですが、パンの代わりにチーズやサラミなどをのせて「ピザもち」にして食べていました。
 
おせち料理ひとつでも、本当にいろいろあるんですね!
 

 二番目に登場、という形になりました。代表です。ちょっと時期はすぎてしまいましたが、皆さま、あけましておめでとうございます。
 
 おせち料理、我が家では「お重に詰めないけれど、それっぽいものは作ろう」で、煮物、かまぼこ、たたきごぼう、ぐらいがお皿に並びます。・・・相方が凝ってつくってくれてます。
 ので、こだわっていたのは私の実家かなと思うので、実家の話を。
  
 私の実家では、大晦日に朝からとにかくたくさん、煮物やら栗きんとんやらを作り、大きなタッパに入れて冷蔵庫も満タン! それでも入りきらなくて天然冷蔵庫(つまり、当時住んでいたところのベランダなど)で冷やしていたぐらい。料理好きのきょうだいと母が主に作っていました。 
 で、1月1日。重箱に、タッパから少しずつ出して詰め、これを1月3日の夜まで毎回。そのつど重箱に詰めなおし、3が日のうちはおせち料理と焼き魚(鯛)とお雑煮も。あまりお腹がすいていなくてお雑煮やおせち料理が無理でも、磯辺もちなどのもち料理。お雑煮のおつゆは、作り置きはせずに毎食ごとにつくる。
 
 4日から7日のお昼までは、白ご飯を食べること。炊き込みや混ぜご飯、かけるものは禁止。ふりかけ、カレーなどは、7日の夜に七草粥を食べたら解禁される、という謎ルール。七草粥は家族みんなが揃いやすいからが理由で7日の夜に出ることが多かった我が家では、毎年1月8日夕飯はハヤシライスやカレーが定番。
 
 こんなルール、どこか他のおうちでもされていたところってあるんでしょうか??
 当時は何の疑問ももたずにいたけれど、なぜ母がそこまでこだわっていたのか、そのこだわりを誰から言われた(受け継いだ)のか、今となっては疑問です。なんで? って尋ねたくても尋ねられない(恥ずかしいのと、過去何度も「そういうモンなの!」で押し通されているので。母も疑問に思わなかったのか、あるいは「伝統」に固執しているのか・・・
  
 う~ん、もうちょっと手を抜いたっていいじゃん! って思ってみて、(私が)こういう姿勢だから、日本のよき伝統が廃れちゃうのかな、とも思ったり・・・。あまり白ご飯だけで食べるのが得意でない私には、この実質まるまる4日間が苦痛で、おかずを取り皿ではなくお茶碗に受けて食べて、ご飯に味をつけてごまかしていたぐらい(これは、許された)。
 
 プーさんがおせち料理の好きなものをあげていたので。おせち料理では甘いものが好きだったとあったけれど、私は普段から酢のものが好きというのもあって、大根などのなますや、酢だこ、酢れんこんが好きで。煮物も割と昔から食べていたかも。でも子どものころより今のほうが、明らかに「おいしい」って感じるようになったのは、やっぱり年齢を重ねたせいかな(笑)
 
プロフィール
HN:
フリースクール「ラヴニール」
年齢:
15
性別:
非公開
誕生日:
2010/04/01
自己紹介:
2010年4月より大阪市にて活動をしているフリースクールです。日常の様子、思うことなどを更新しています。過去には、学校に行かなかった体験談、フリースクールって何なん? も、連載していました(カテゴリ分けしてあります)。
 
ブログ投稿者:
代表と、スタッフ1名で担当しています。
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