忍者ブログ
フリースクール「ラヴニール」の日常と、その他イベントのお知らせ・ご報告。他にはフリースクールとは? 学校に行かないあいだに何があった? などの連載をしています。 Posting of comments like the following will be declined: ・Comments other than Japanese. ・Comments that seems to be in Japanese through translation website.
[225]  [224]  [223]  [222]  [221]  [220]  [219]  [218]  [217]  [216]  [213
体験談2018.1.24

■ では親は、というと ■

 自分としてはこの場所(前回記事の適応指導教室)に週に数日であったり、調子がよければ毎日通ったりしました。母も月に1度か2度、この場所で自分の担当とは別の人と面談を続けていました。まったく別の部屋に分けられるので、何を話していたのかはわかりません。
 だいぶあとの話ですが、母が大掃除をしたときに捨ててあった小さなノートがありました。紙ばかりのゴミ袋の中に入っており、ノートの表紙に書かれていた日付が、ちょうど自分が学校に行けなかったとき。これは何かあるかも、と思って、母の目を盗んでこっそり抜き取りました。
 こっそりのぞいてみると、どうやら、内容は通っていた場所主導で講演があったときのメモや、面談のときの内容のようです。母は母で、かなりの重圧だったにちがいないと、今では思います。

○月×日
 小さいころの出生の状況や家族構成などを尋ねられた。

○月×日
 中学生になったAちゃんが、中学進学と同時に学校に戻ったそうだ。行く前にお腹が痛くなるそうだけど、毎日薬を飲みながら、がんばって通っているとのこと。F先生(注、適応指導教室の、母の担当)から聞いた。ヒロも少しがんばれば通えるようになると思うのに、本人からはなかなかその気が見られない。いつまで学校に行かないつもりでいるのか。

○月×日
 母(注、おそらく祖母)から言われる。こっちとしては努力しているし、今は学校に行くよう激しく言ってはいけないと言われているのに、早く学校に行かせろと急かされる。

○月×日
 義姉のところのBくんが、C大学に合格したそうだ。それを夫と母が自慢げに話してくる。うちは、学校にさえも行けない子どもがいる。自分が劣っているように言われている気がした。

 自分が学校に行っていないことが母を苦しめているとわかりました。そうはわかっても行けないものは行けない。行きたいと思っても行けないのです。
 自分ができないことを自分の弟はできているのに、どうして自分にはできないのだろう?
 できないものはできない。あきらめているとかわけじゃない。やろうとしてもできないんだ。
 などの自問自答をしていたことを覚えています。自問自答が続く一方で、逃げのような自問自答もしていました。
「小さいころから甘やかされたんじゃない?ほら、母にも言われたじゃん、『おばあちゃん子で育った子は、何に対しても人の顔色を伺うようになる』って」
 自分は、すぐ下に弟ができたときに祖母に面倒を見てもらうことが多かったようです。ただこれが、人の顔色を伺うことと何の関連があるのでしょうか。そのような統計の結果があるなら知りたいぐらいだ。――と言えるのは、もちろん今だからであって、幼少のころや学校に行けなかった当時は、実際に何でもできばえを親に確かめてもらっていました。何でも一度親にチェックしてもらわなきゃ、親の審査を通らなきゃといけないと思っていました。日常的な宿題でさえ、前述のとおり母の採点の名のもとチェックされていたぐらいですから、むしろこれはおばあちゃん子だったからというよりは、母の影響ではないのかと、今では責任転嫁にあたると承知のうえで、思っています。
 しかし当時は自分のクセをズバリと言われたことで「ああ、自分はおばあちゃん子なんだ」「おばあちゃんに甘やかされて育ったんだ」と、どこかで納得もしましたが、後者についてはすぐに否定しました。祖母に甘やかされたという気持ちはありません。祖母が自分からの要求に応えることを、他人の視点で「甘やかした」と言うことはできるかもしれませんが、いつもいつも自分の要求に応えてもらっていたというわけではなく、逆に諭されることもあったので、甘やかされたわけではないと思います。

 親も親で苦しんでいたことには気づけましたが、当時その悩みを相談していたのは、行っていた場所のスタッフ(ノートのF先生)。かなり年のいった人でした。後で知ったことですが、F先生が自分の親の担当をしていたという子から、F先生がもともとは学校の先生で、少しでも学校に戻れる可能性のある子の親に対しては、最初は無理をさせるなと言いながらも、子どもが少しでも学校に対して興味を持ち出すと、急に人が変わったように強く学校に行くように勧められていたそうです。
 相談した相手から言われ、目の前の自分は思うようには動かず、そして元来内気なほうの母は、誰にも思うように相談できなかったことでしょう。今思うと、母は誰ともどこともつながれず(つながっていたとしても、自分を追い込むような人・場所がほとんどだったのではないかと考えられます)、それでよく何事もなかったかのように生きているなと思います。
 いえ、何事もなかったかのように、装っているだけなのかもしれませんが。
PR
プロフィール
HN:
フリースクール「ラヴニール」
年齢:
14
性別:
非公開
誕生日:
2010/04/01
自己紹介:
2010年4月より大阪市にて活動をしているフリースクールです。日常の様子、思うことなどを更新しています。過去には、学校に行かなかった体験談、フリースクールって何なん? も、連載していました(カテゴリ分けしてあります)。
 
ブログ投稿者:
代表と、スタッフ1名で担当しています。
P R
忍者カウンター
Copyright © ラヴニールブログ「未来堂」 All Rights Reserved.
Designed by 10p
Powered by Ninja Blog

忍者ブログ [PR]