フリースクール「ラヴニール」の日常と、その他イベントのお知らせ・ご報告。他にはフリースクールとは? 学校に行かないあいだに何があった? などの連載をしています。
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「『初』からは遠ざかるけど、12/19の日の出前の薄明るい時間帯の話を聞きたいです~」
と、お題設定者のすみれオより。内輪で盛り上がって申し訳ないのですが、もともとそういうコーナーだし! 初日の出についても思い出があると言えばあるのだけど、よし! リクエストにお答えして! 私、代表の日の出にまつわるエピソードを。
その昔、中学時代学校に行っていなかった私は、月に1度のちっちゃい集まりと、春、夏は合宿をする、某居場所に参加していて。中学何年生だったかな、の3月(春合宿)、2泊3日ぐらいの最終夜(2日目と3日目のあいだの夜)は、特に消灯時間など定めず、もちろん一定の時間で寝るのもあり、とことん夜更かしもOK。次の日はみんなだらだらゆっくり起きて、という流れに設定されていて。
私も、どこまで起きていられるかなぁって。何となくだけど「夜のほうが強い! 夜型だもん!」って思っていたのと、家だったら間違いなく「さっさと寝なさい! 朝はみんなと一緒に起きてご飯食べなさい!」って言われる状況がないこととで、挑戦してみたの。そうしたら、誰だったかが、
「このままずっと起きていて、日の出を見に行こうか」
って言い出してね。3月といえど早朝、そして海辺だったから、風もまだまだ冷たい。それでも行ったみんなで、日の出前の薄明るい状態から日がのぼるところまでを見届けたの。
家だったら、こんなことをしたら間違いなく怒られてる。私にとっていけないことをしても、ここは許されるし、「してもいいんだ」っていう安心感と、親の目が届かない解放感が、あったんだ。寒いんだけど日がのぼってくるまで待つあいだのワクワクも、あったかも。
その後、泊まっていた先に戻ったら、遅めの朝食の時間まで、バタッと倒れるように寝てたらしいけどね(笑) 今思うと無茶してんなぁ、って思うけど、こういう「無理のない範囲の無茶」が許されること自体なかったから、今でも鮮明に覚えてる。
あのころのみんな、元気かなぁ・・・
と、長めになったけれど、日がのぼる前の薄明るい時間帯にはあのころの自分を思い返してるよ。寒いからなかなか難しくはなったけどね。
お二人には、どんな「日の出」のエピソードがある?
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★ お知らせ ★
12月1日より活動日時が変更になりました。下記のリンクから該当記事を参照いただきますよう、お願いいたします。
【重要】活動日・時間が変わります!
2月6日(月)から、10日(金)までの予定です。
6日(月)通常活動のみ
7日(火)通常活動、見学・ご説明も可能
8日(水)通常活動、見学・ご説明も可能
9日(木)通常活動、見学・ご説明も可能
10日(金)通常活動のみ
見学・ご説明は正午から。いずれも午後3時まで。
第二、第三土曜は、午前10時から正午までで見学・ご説明のみ。
第二土曜は、そのまま引き続き、午後1時より親の会を開催いたします。
(2月は第二土曜は祝日のため、土曜の見学・ご説明は第三土曜のみとなります)
平日でも都合によりお休みをいただく場合があります。見学をご希望の際は、必ず事前にお問い合わせいただきますよう、何とぞお願いいたします。
⇒活動ポリシー
ホームページ上の予定は事前に決まっているもののため、直前の変更に対応していないことがあります。事前はホームページ上のカレンダーを、直前はtwitterなどのSNSにてご確認いただきますよう、お願いいたします。
気象に関する警報は、「大雨」と「暴風」について対象としています(大阪は滅多にでませんが、「暴風雪」も対象です)。
⇒気象警報が発令された場合の活動
通常活動:
フリースクールの活動。正午から午後5時まで。この間であればいつでもご利用可能です。
見学・ご説明:
一度体験・実際に通う前に、スタッフからひととおりご説明の時間。2022年12月1日より、火曜~木曜の正午から午後3時(開始時刻)であれば、好きな時間をお選びいただけます。新型ウィルス感染対策のため、同じ時間帯に先に希望された方がいらっしゃる場合には、別の時間をご検討いただく場合があります。
そのときの雰囲気や様子により変動いたしますが、所要時間はだいたい1時間程度。変動する場合は、だいたい長くなることが多いです。
実際に利用されるのはお子さんなのでお子さんに見ていただけることが望ましいですが、どうしてもムリである場合には、資料の郵送や保護者の方のみの見学も受け入れています。
(★)見学・ご説明のみの日を、第二と第三土曜の午前10時から正午まで設けています。平日のご見学希望の場合と同様、必ず前日まで(できれば2日前まで)のお問い合わせをお願いいたします。
親の会:
原則毎月第二土曜、午後1時より親の会を開催しています。
2月の親の会は、18日(土)午後1時からの開催予定です。
第二土曜が祝日のため、通常と開催日が異なります。ご注意ください。
12月1日より活動日時が変更になりました。下記のリンクから該当記事を参照いただきますよう、お願いいたします。
【重要】活動日・時間が変わります!
2月6日(月)から、10日(金)までの予定です。
6日(月)通常活動のみ
7日(火)通常活動、見学・ご説明も可能
8日(水)通常活動、見学・ご説明も可能
9日(木)通常活動、見学・ご説明も可能
10日(金)通常活動のみ
見学・ご説明は正午から。いずれも午後3時まで。
第二、第三土曜は、午前10時から正午までで見学・ご説明のみ。
第二土曜は、そのまま引き続き、午後1時より親の会を開催いたします。
(2月は第二土曜は祝日のため、土曜の見学・ご説明は第三土曜のみとなります)
平日でも都合によりお休みをいただく場合があります。見学をご希望の際は、必ず事前にお問い合わせいただきますよう、何とぞお願いいたします。
⇒活動ポリシー
ホームページ上の予定は事前に決まっているもののため、直前の変更に対応していないことがあります。事前はホームページ上のカレンダーを、直前はtwitterなどのSNSにてご確認いただきますよう、お願いいたします。
気象に関する警報は、「大雨」と「暴風」について対象としています(大阪は滅多にでませんが、「暴風雪」も対象です)。
⇒気象警報が発令された場合の活動
通常活動:
フリースクールの活動。正午から午後5時まで。この間であればいつでもご利用可能です。
見学・ご説明:
一度体験・実際に通う前に、スタッフからひととおりご説明の時間。2022年12月1日より、火曜~木曜の正午から午後3時(開始時刻)であれば、好きな時間をお選びいただけます。新型ウィルス感染対策のため、同じ時間帯に先に希望された方がいらっしゃる場合には、別の時間をご検討いただく場合があります。
そのときの雰囲気や様子により変動いたしますが、所要時間はだいたい1時間程度。変動する場合は、だいたい長くなることが多いです。
実際に利用されるのはお子さんなのでお子さんに見ていただけることが望ましいですが、どうしてもムリである場合には、資料の郵送や保護者の方のみの見学も受け入れています。
(★)見学・ご説明のみの日を、第二と第三土曜の午前10時から正午まで設けています。平日のご見学希望の場合と同様、必ず前日まで(できれば2日前まで)のお問い合わせをお願いいたします。
親の会:
原則毎月第二土曜、午後1時より親の会を開催しています。
2月の親の会は、18日(土)午後1時からの開催予定です。
第二土曜が祝日のため、通常と開催日が異なります。ご注意ください。
小説というか、学術書? でもないな・・・。文字の本を読んでいる子がいました。この時点で私の偏見だったなぁとなるんですが、小・中学生だとマンガが主かなぁと思っていたところ、字がたくさんの本だったので、おおっ!?って。
マンガも好きだけど、こういう字の本も好き~、だそうです。
絵がないから、周りの景色はどういう感じなんだろう? を、自分で想像できるのが楽しいんだそうです。
それをきいて、なるほど~、って思いました。
よくある昔話の「さるかに合戦」でたとえると、最初のできごと「サルとカニが出会う」場面。道の上だったとして、昔話だから舗装された道路ではないとしても、どのぐらいの道幅? 道のないところはどんな感じ? 花や草が茂っているとして、季節によっては色味が変わってくるよな・・・。その日のお天気は? もしかして雨で傘をさしていて会ったのかもしれない、などなど。
マンガや挿絵があるものだと、背景が設定されているのでそれで固定になってしまうけど、背景などが細かく書かれていなければ、いくらでも自分で付け足すことができるのも、おもしろいんだそうです。
「書いてあることだけから情報を読み取る」「書いてあることだけから好きなところや違和感を読み取る」「それを発表する」ということも、私はすごく大事だと思います。よく、国語が好きだという人になぜ好きなの? と理由を尋ねると、「だって、問題に答えが書いてあるもん」とのこと。これも悪くはないけれど、書いてあるものを壊さない程度に想像を膨らませるのも、私は楽しみ方のひとつかなと思うようになりました。
これを知ってから、久しぶりに昔よく読んでいた小説をもう一度読み直そうかな、新しく本を買おうかな、って思いました。
昨日、
振り返りのときに、「できなかったことは?」と、ここで「~ない(なかった)」という言葉が登場するのだけど、そのときも、「あ~、できなかったぁ!」「できない自分はダメだなぁ」ではなく、「やりたいという気もちがあって、目標を立てたということ」「やりたいという気もちがあったから、達成まではいかなかったけれど、取り組んだということ」。そこまでやろうと(取り組もうと)したことは、十分肯定できると思うんです。
と書いたんですが、これについて。
過去の自分への自己弁護になってしまいますが。
なんとしてでも学校に行けるようにならなきゃ、と思っていた私は、テストのときだけ行けた時期がありました。成績がないとその後進学ができないんじゃないかと思ってのことでした。合計すると、たった7日。このたった7日が、周囲の目は気になるわ、別室受験はできたのだけど保健室という場所がらいろんな生徒が出入りするわ、担任とのやりとりでいろいろあったわ、で、とにかくしんどかったなぁ、と思い出すできごとのひとつです。
そのときに私がよく口にしていたのは、「よくわからないけれど、怖い」。
当時は何かひとつに理由を求めていましたが、今は私が学校に行かなくなった理由は、いくつものものが複合していたんだろうな、と考えています。もしかしたら、当時の私は理由を自分以外に求めたくて(学校に行けないことをとても悪いことだと思っていたので、自分は悪くないと思いたくて)、でも本当はそれひとつだけが理由ではなくて、その乖離に自分では気づいていなくて、結果の「よくわからないけれど」だったのかもしれない、と、今では考えています。
(あ、こんな分析をしたの、今ここが初めてです)
ただ、この「よくわからないけれど、こわい」という気もちを吐き出しても、
「怖いって思うから怖いんだよ。やってみたらたいしたことないんじゃない?」
「怖い怖いって、やりもしないのに立派な言い訳するな」
と、笑いながら返ってくることがほとんど。
そのたびに、「怖いって言ってるじゃん・・・」と、私の気もちを吐き出しているのに、わかってほしいのに! と思っていました。
確かに、やってみたら大したことなかったのかもしれません。ただもうひとつ言うと、この時点での私は、学校に行けるようになるために、ひとつできたら「じゃあ次」、それもできたら「じゃあ次」と、ひとつひとつができるようになるまでにものすごくエネルギーを使っているのに、次から次へとここまでのがんばり・しんどさを誰にも受け止めてもらえずにいました。それにしんどさを感じながらも、テストを受けに行って、周囲の視線に気をつかい、もう限界でした。
それを、たぶん「怖い」という言葉に乗せて・・・、いたんだと思います。
気もちを表現するには足りない言葉だなと思います。が、当時の私は、「ここまでこんなにがんばっているのに。今以上がんばらないといけないってこと?」と悲しくなったことを覚えています。
そこまでどれだけがんばったか。自分で思うのと人が判断するのとは、だいぶ変わると思います。他人から見てがんばりが足りないなと思えることでも、その人にとっては相当ながんばりを要することなのかもしれないな、って。
記録の中に、そういったがんばりも記録していくことで、自分ってこれだけがんばってるじゃん! って、自分で自分を受け入れていく。自分で自分にOKと言う。ここを、大事にしていきたいな、って思います。
振り返りのときに、「できなかったことは?」と、ここで「~ない(なかった)」という言葉が登場するのだけど、そのときも、「あ~、できなかったぁ!」「できない自分はダメだなぁ」ではなく、「やりたいという気もちがあって、目標を立てたということ」「やりたいという気もちがあったから、達成まではいかなかったけれど、取り組んだということ」。そこまでやろうと(取り組もうと)したことは、十分肯定できると思うんです。
と書いたんですが、これについて。
過去の自分への自己弁護になってしまいますが。
なんとしてでも学校に行けるようにならなきゃ、と思っていた私は、テストのときだけ行けた時期がありました。成績がないとその後進学ができないんじゃないかと思ってのことでした。合計すると、たった7日。このたった7日が、周囲の目は気になるわ、別室受験はできたのだけど保健室という場所がらいろんな生徒が出入りするわ、担任とのやりとりでいろいろあったわ、で、とにかくしんどかったなぁ、と思い出すできごとのひとつです。
そのときに私がよく口にしていたのは、「よくわからないけれど、怖い」。
当時は何かひとつに理由を求めていましたが、今は私が学校に行かなくなった理由は、いくつものものが複合していたんだろうな、と考えています。もしかしたら、当時の私は理由を自分以外に求めたくて(学校に行けないことをとても悪いことだと思っていたので、自分は悪くないと思いたくて)、でも本当はそれひとつだけが理由ではなくて、その乖離に自分では気づいていなくて、結果の「よくわからないけれど」だったのかもしれない、と、今では考えています。
(あ、こんな分析をしたの、今ここが初めてです)
ただ、この「よくわからないけれど、こわい」という気もちを吐き出しても、
「怖いって思うから怖いんだよ。やってみたらたいしたことないんじゃない?」
「怖い怖いって、やりもしないのに立派な言い訳するな」
と、笑いながら返ってくることがほとんど。
そのたびに、「怖いって言ってるじゃん・・・」と、私の気もちを吐き出しているのに、わかってほしいのに! と思っていました。
確かに、やってみたら大したことなかったのかもしれません。ただもうひとつ言うと、この時点での私は、学校に行けるようになるために、ひとつできたら「じゃあ次」、それもできたら「じゃあ次」と、ひとつひとつができるようになるまでにものすごくエネルギーを使っているのに、次から次へとここまでのがんばり・しんどさを誰にも受け止めてもらえずにいました。それにしんどさを感じながらも、テストを受けに行って、周囲の視線に気をつかい、もう限界でした。
それを、たぶん「怖い」という言葉に乗せて・・・、いたんだと思います。
気もちを表現するには足りない言葉だなと思います。が、当時の私は、「ここまでこんなにがんばっているのに。今以上がんばらないといけないってこと?」と悲しくなったことを覚えています。
そこまでどれだけがんばったか。自分で思うのと人が判断するのとは、だいぶ変わると思います。他人から見てがんばりが足りないなと思えることでも、その人にとっては相当ながんばりを要することなのかもしれないな、って。
記録の中に、そういったがんばりも記録していくことで、自分ってこれだけがんばってるじゃん! って、自分で自分を受け入れていく。自分で自分にOKと言う。ここを、大事にしていきたいな、って思います。
「記録」をプログラムに取り入れるようになって、その記録に記入する目標には、できるなら、なのだけど、
・絵を描いたり色を塗ったりするときは、できるかぎり黒以外の色を使う。
・目標はできるかぎり「○○しない」ではなく「○○する」と肯定で。
今日は、2つめの「○○しない」について。
「○○しない」と書くと、そこまでのことを否定する、ことになりますよね。
たとえば、「夜更かししない」。夜更かしする自分を否定することになる。
たとえば、「たくさん食べ過ぎない」。これも、同じ。
夜更かしする自分。たくさん食べる自分。それを、「ない」で終えることで、そんな自分を否定していることになるなぁ、と。
どんな姿であれ、自分は自分。それを、自分自身で否定することになる。
振り返りのときに、目標を発表しあう場があるのだけど、そのときに、相手が立てた目標を否定するのではなくて、「そう思ったんだね」と相手を受け入れる練習もしています。相手を受け入れるのも大事だけど、その前に、自分を肯定する・・・今の自分を受け入れることも大事。
振り返りのときに、「できなかったことは?」と、ここで「~ない(なかった)」という言葉が登場するのだけど、そのときも、「あ~、できなかったぁ!」「できない自分はダメだなぁ」ではなく、「やりたいという気もちがあって、目標を立てたということ」「やりたいという気もちがあったから、達成まではいかなかったけれど、取り組んだということ」。そこまでやろうと(取り組もうと)したことは、十分肯定できると思うんです。
結果も大事。でも、そこに取り組もうとしたことも、もちろん大事。
結果も、過程も。
最初はなかなか難しいかもしれないけれど(この投稿を書いている私も難しいです・・・)、否定ではなくて肯定でとらえるように、ちょっと考え方を変えていけたらなぁって思います。
・絵を描いたり色を塗ったりするときは、できるかぎり黒以外の色を使う。
・目標はできるかぎり「○○しない」ではなく「○○する」と肯定で。
今日は、2つめの「○○しない」について。
「○○しない」と書くと、そこまでのことを否定する、ことになりますよね。
たとえば、「夜更かししない」。夜更かしする自分を否定することになる。
たとえば、「たくさん食べ過ぎない」。これも、同じ。
夜更かしする自分。たくさん食べる自分。それを、「ない」で終えることで、そんな自分を否定していることになるなぁ、と。
どんな姿であれ、自分は自分。それを、自分自身で否定することになる。
振り返りのときに、目標を発表しあう場があるのだけど、そのときに、相手が立てた目標を否定するのではなくて、「そう思ったんだね」と相手を受け入れる練習もしています。相手を受け入れるのも大事だけど、その前に、自分を肯定する・・・今の自分を受け入れることも大事。
振り返りのときに、「できなかったことは?」と、ここで「~ない(なかった)」という言葉が登場するのだけど、そのときも、「あ~、できなかったぁ!」「できない自分はダメだなぁ」ではなく、「やりたいという気もちがあって、目標を立てたということ」「やりたいという気もちがあったから、達成まではいかなかったけれど、取り組んだということ」。そこまでやろうと(取り組もうと)したことは、十分肯定できると思うんです。
結果も大事。でも、そこに取り組もうとしたことも、もちろん大事。
結果も、過程も。
最初はなかなか難しいかもしれないけれど(この投稿を書いている私も難しいです・・・)、否定ではなくて肯定でとらえるように、ちょっと考え方を変えていけたらなぁって思います。
プロフィール
HN:
フリースクール「ラヴニール」
年齢:
15
Webサイト:
性別:
非公開
誕生日:
2010/04/01
自己紹介:
2010年4月より大阪市にて活動をしているフリースクールです。日常の様子、思うことなどを更新しています。過去には、学校に行かなかった体験談、フリースクールって何なん? も、連載していました(カテゴリ分けしてあります)。
ブログ投稿者:
代表と、スタッフ1名で担当しています。
ブログ投稿者:
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