忍者ブログ
フリースクール「ラヴニール」の日常と、その他イベントのお知らせ・ご報告。他にはフリースクールとは? 学校に行かないあいだに何があった? などの連載をしています。 Posting of comments like the following will be declined: ・Comments other than Japanese. ・Comments that seems to be in Japanese through translation website.
[125]  [124]  [123]  [122]  [121]  [120]  [119]  [118]  [117]  [116]  [115
昨年、ボクの中の違和感 というタイトルでメールをくださった方が、今年もメールをくださいました。
今年はあえて何も言いませんが、相手の気持ちをしっかり受け止めるうえでの大事な点が、ここに隠されている気がしました。

最後の問いかけに、答えが出せていません。

(このメール文を投稿することについては、投稿者の許可を得ています)


~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


今年も懲りずに違和感を文字にしてみようと思いました。

やっぱりどう考えても、僕には違和感しかないんです。8月の末から9月にかけての、子どもの自殺を防ごうとする動きが。

自殺を防ごうとする動きそのものには、僕は否定するつもりはありませんし、自らの手で命を絶つことについても、死を選んだ人を賞賛するわけではなく「なぜ死んでしまったんだよ」と、悔しく残念な気もちになります。

それでも、声高に「死んだらだめだよ」と運動が起こることには、うまく言葉にできないかもしれませんが、一種の気もち悪さを覚えるんです。

これは、ある人とやりとりしていて、思わず「そうだ」と思ってしまったものです。やりとりをしていた相手の方から転送の許可をいただきましたし、二次利用もして構わないそうなので、お送りします。



みんな「死んだら駄目だ」と言うが、なぜ死んだら駄目なのか。自分で自分の道を選べというくせに、いざ選ぼうとしたら、なぜ止めようとするのか。

同じように「命は大事」だと言うが、どうして大事なのか、誰も大事な理由を教えてくれない。ただひたすら「大事なものは大事」だと言うだけ。もっとちゃんとした理由がほしい。

「死にたい」に対して「死んだら駄目」と言葉尻だけをとらえて言うのは簡単だ。
でもそんなのは、ただ表面だけを整えたにすぎない。

海で、小さな氷のかたまりを見つけたとしよう。「小さくてかわいいわね」と言っている水の下には、大きなかたまりが隠れているかもしれない。氷山の一角。隠れた大きな部分に気づかないことには、意味がない。

自分は決して死のうとしてる人に「死ね」と言いたいわけではない。でも簡単に「死んだら駄目だ」とも言いたくない。
死んだら駄目だと言うだけのおせっかいにではなく、いつまでも話を聞いていられる人になりたいし、自分も聞いてもらえる人にめぐり会いたい。アドバイスなんていらない。

子どもの自殺を防ごうとする人たちには、この気もちに気づいてほしい。



短いメッセージのやりとりをしていて、相手の人の発言をまとめたものです(転送前に、この状態で送ることの許可をもらっています)。ちょっと言葉にきつい部分はあるかなと思いながらも、感覚はほとんど僕と同じ。特に、氷のかたまりの部分はすんなり納得できました。

代表さん、このような発言を読まれてどう思いますか? お時間のあるときで構いません、お返事をください。
PR
プロフィール
HN:
フリースクール「ラヴニール」
年齢:
14
性別:
非公開
誕生日:
2010/04/01
自己紹介:
2010年4月より大阪市にて活動をしているフリースクールです。日常の様子、思うことなどを更新しています。過去には、学校に行かなかった体験談、フリースクールって何なん? も、連載していました(カテゴリ分けしてあります)。
 
ブログ投稿者:
代表と、スタッフ1名で担当しています。
P R
忍者カウンター
Copyright © ラヴニールブログ「未来堂」 All Rights Reserved.
Designed by 10p
Powered by Ninja Blog

忍者ブログ [PR]