フリースクール「ラヴニール」の日常と、その他イベントのお知らせ・ご報告。他にはフリースクールとは? 学校に行かないあいだに何があった? などの連載をしています。
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■ 学校に行けなくなるということの大変さ ■
自分自身は学校に行くこと自体は嫌いではないし、でも学校に行けない。行きたいとまでは言えないかもしれないけれど、行かなきゃと思うのに行けない。行けなくなったときから今日までの日が短いほど取り返しもつきやすいと思うとは、よく父から言われました。
「しばらく休んでいても、ほんのちょっとの勇気をもって行ったら大したことないのかもよ」
「『えへへ、ちょっと休んじゃった』で、後は何ともないんじゃない?」
と説得されましたが、こう言われたときには担任だけでなく、あのクラスが、クラスのある校舎が、その校舎に入っていく制服姿の――、と、学校のすべてが見たくもないまでにいやになっていました。
一方で父の言うとおりとも思うのですが、制服の袖に腕を通そうという気持ちになれません。どんどん日数が経っていけば経っていくほど、あせる気持ちは大きくなっていきました。あせってもどうしようもなく、1日が終わっていく感じでした(こういった気持ちから一時的に逃れる手段が、前述のものです)。
もう一方で、自分が再び中学に行けるようになったかもしれない道を閉ざしたのも、父だという思いがありました。あのときおばのところへ行けたなら、今ごろ何もなかったかのように中学に通い、勉強もできていたかもしれないのにと思うと、父が言っていることとやっていることに対して矛盾を感じることもありました。
自分の中では「えへへ」で終わるほど簡単なものではなくなっていました。父は自分の気持ちをわかっていないとも思いましたが、自分としても学校に行かなきゃいけないと思いながらも行けない気持ちをうまく説明できない状態でした。
父は勉強を教えてくれることもありましたが、教えてもらってもほとんど頭に入りません。学校に行けなくなった当初は勉強をしなきゃいけないと思ってはいても、できる状態ではありませんでした。
同じ教室にいた同級生からは、どんどん遅れていく。このまま勉強ができなければ、学校に戻ることはできない。戻っても一人落ちこぼれたまま。落ちこぼれたままでは上位の成績は期待できない。そうすると高校進学が、高校に行けないと大学にも、と、また負のスパイラル。
勉強ができるという意味では、学校はありがたい場所です。学校の教科だけが勉強ではないと理解したうえで言うのですが、自分でやってみてわからなかったところを、学校では一方的だけど教えてくれ、1日5~6時間はいやでも勉強する場が確保されている。そのことがどれだけありがたいかと思いました。
そうは思っても学校に行けないのです。
学校に行けなくなってもっとも大変だったもののひとつは、勉強面がどんどん遅れていくことでした。
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新年というには少し遅くなってしまいましたが、皆さま、明けましておめでとうございます。
フリースクール「ラヴニール」は、今年4月1日で、活動を始めてからなんと! 9年目を迎えます。ここまであっという間で、8年も活動してきたんだろうか? と思えますが・・・。8年も活動してきたと言えるほどの実績と呼べる実績があるだろうかとも思えるのですが・・・。
ここはまず、「ここまで続いてきたことが実績」とポジティブにとらえ、今年の活動の土台といたしたいと思います。
あくまで土台、土台に甘んじていてはいけないなとも自覚しておりまして。少しずつ、いや、大胆に? 攻めていきたいなとも思っております。
本年もよろしくお願いいたします。
フリースクール「ラヴニール」は、今年4月1日で、活動を始めてからなんと! 9年目を迎えます。ここまであっという間で、8年も活動してきたんだろうか? と思えますが・・・。8年も活動してきたと言えるほどの実績と呼べる実績があるだろうかとも思えるのですが・・・。
ここはまず、「ここまで続いてきたことが実績」とポジティブにとらえ、今年の活動の土台といたしたいと思います。
あくまで土台、土台に甘んじていてはいけないなとも自覚しておりまして。少しずつ、いや、大胆に? 攻めていきたいなとも思っております。
本年もよろしくお願いいたします。
ラヴニールではこのたび、移転後の活動費用補填を目的とし、「限定支援会員」を設けることといたしました。
移転からもう少しで1年経過いたしますが、ラヴニールにとって大きな賭けであったことは否めません。今でもまだまだ経営はとても不安定な状態です。
そこで、今さらとなってしまいますが、移転にかかりました費用について、皆さまよりご支援をいただければと、限定支援会員を募ることといたしました。
詳しくは、ホームページ
限定支援会員募集のお知らせ
http://www.lavenir-2010.sakura.ne.jp/fs-boshuu_gentei.htm
より、お願いいたします。
ホームページの内容と重複いたしますが、2口以上のお申し込み、今回のみの限定ではなく、継続的にご支援いただける「賛助会員」のお申し込みも、あわせて受け付けております。
どうぞよろしくお願いいたします。
移転からもう少しで1年経過いたしますが、ラヴニールにとって大きな賭けであったことは否めません。今でもまだまだ経営はとても不安定な状態です。
そこで、今さらとなってしまいますが、移転にかかりました費用について、皆さまよりご支援をいただければと、限定支援会員を募ることといたしました。
詳しくは、ホームページ
限定支援会員募集のお知らせ
http://www.lavenir-2010.sakura.ne.jp/fs-boshuu_gentei.htm
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ホームページの内容と重複いたしますが、2口以上のお申し込み、今回のみの限定ではなく、継続的にご支援いただける「賛助会員」のお申し込みも、あわせて受け付けております。
どうぞよろしくお願いいたします。
■ 不登校中にしたかったこと ■
以上までが、小さいころから学校に行かなくなり始めるまでの自分です。
小さいころから自分は、どうも集団が苦手だったように思います。みんなと何かを一緒にやることは決して嫌いではないので、集団が苦手という言い方をするとちがうのかなと思いますが、集団の中にいると、体格、運動神経、学習面などで常に自分が劣っている対象として比較されるのではないかと思えて、今でも集団でいる必要のないときには一人や少人数で固まっているほうが好きです。
一人集合時間にわざと遅れて和を乱そうとか、みんなと同じ方向を向いて作業をする必要があるのにわざと一人だけ背中を向けていたとか、そういった苦手さではないので、やはり集団が苦手というのとはちょっとちがうのかなと思うのですが、どう言ったらいいでしょう?
ここまでで少し書きましたが、自分が学校に行かなかった間には、物理的にもひきこもりたかったのに、ひきこもらせてもらえませんでした。弟には部屋のドアを開けておくようなルールは課していないので、自分だけプライベートがあってなかったようなものです。
ひきこもること以外にもやりたかったことがあります。
昼夜逆転の生活をすること
ひきこもることを許してもらえなかったので、誰もが寝静まった静かな夜なら実質一人になれるのではないかと思って、夜には起きていて、日の出ているうちは寝ている生活をしたかったです。日中寝ていれば家族の顔を見る確率が減るのと比例して自分を責めることも減るし、深夜ならドアが開いていても誰かに監視されている確率も減ります。
しかしこちらもひきこもりと同じく、昼夜逆転したくてもさせてもらえませんでした。「みんなと同じようにできないといけない」が、母の信条だったからです。このときには、
「朝はみんなと一緒に起きる。ご飯を食べる。夜はみんなと一緒にご飯を食べて、寝なさい」
これが、部屋のドアを開けておくことと同時に自分に課された条件でした。ですが、自分はこれを少し破っていました。起きる時間は弟が学校へ出かけたあと、と決めて起きていました。弟を見送りに母が外に出たら部屋から出て、母が帰ってきたらリビングにいる、というようにしていました。
実際は、朝ごはんの時間にはちゃんと起きていました。ですが、学校に行けなくなった自分と元気そうに学校に行っている弟が同じ食卓につくと、その後弟が学校に行く支度をする姿を見ることになります。弟は学校に行っているのに自分は行けない――。どうしても自分に劣等感を感じてしまうのです。夕飯のときならともかく、朝からその絶望に襲われるのがいやでした。
どうして朝起きられないのかの理由を、母は一度も聞いてきたことがありません。理由を聞かれないまま、母からは何度となく「みんなと一緒に起きること!」と言われました。それでも言われたことを守らずにいると、最終的に母はこう言いました。
「みんなと同じようにできないことを、協調性がないって言うの。わかってる?みんなと同じようにできないことはおかしいことなの!」
ここでもまた、「饅頭の表面だけ」です。自分には意見や考えを言う権利はないようです。
実は、朝一緒に起きたくない理由を言ったことがあります。
「甘え(学校に行かずにいること)を許しているんだから、そのぐらい我慢しなさい!」
何かにおいて、「みんなと一緒」「学校に行かないのは甘え」ということを言われ、特に学校に行けなくなった最初のころはつらい一方でした。自分でもわかっていて、でもできないことを、どんどん突きつけられました。
マンガを読む、ゲームをする、絵を描く、など
何かに夢中になっている間だけは、あらゆる劣等感から自分を解放できました。基本的には下手くそだけど絵を描いていることが多かったです。夏休みの宿題で使わずに余っていたので、小説家みたいに原稿用紙相手にただひたすら文を書く、ということもやっていました。ただいずれもドアを開けっ放しにしていて誰からも覗かれる状態だったので、人の気配がしたならすぐに隠せるようにしていました。隠すぐらいなら堂々としていなさい、と言われたこともあったけど、好きなことをしていたっていつも否定の評価から入っていたうえ、本当に勉強をしていたとしても、「もっとたくさんがんばりなさい」と言われていて、趣味にしても勉強にしても、どれだけやっても誉めてもらえませんでした。それなら堂々としていろと何度言われようが、隠すほうがマシでした。
「マンガやゲームをしている間は気がまぎれた」
と言う不登校経験をもつ人は多いと思うのですが、自分はそうではなかったです。持っていたマンガの冊数は2冊と少なかったし、マンガ雑誌も弟が言い出して初めて買ってもらえたようなもの。我が家にマンガと呼べるマンガはありませんでした。歴史上の偉人について描かれたマンガはありましたが、そのころ人気のあった作品については、後で中古で入手したり、何かの機会に読んだぐらいです。
ゲームも夕方に1日30分までと決められていました。テレビはリビングに1台だけだったので、約束の30分が近づいてくると時間についてうるさく言われましたし、何しろ弟の
「どうせ昼間もやってるんだろ?学校行ってないくせに、ずるい」
という理解のない言葉が痛かったです。
毎年恒例クリスマス会!
今年も、チキン、ケーキ、そしてお菓子にと、お腹いっぱいになりました♪
チキンはしっかり二度揚げしてます☆
ケーキのカットは、アプリを頼りましょう♪
ひととおり食べたあとは、人狼。人数が少なかったこともあり、ワンナイト人狼。
だます人、だまされる人、だましきれない人、見破る人、見破られる人、見破りきれない人、追及する人、追及される人・・・。
う~ん、頭をフル回転。
「あのときああすればよかったのに」
ということがあったので、次のときにも同じようにしたら、今度は逆のほうがよかった、とか。
「ここで怪しいって思ったから絶対人狼だと思った!」
「さっきも○○してて人狼だったから、また人狼だと思った!」
と思ってたら、あれ? はずれた。
奥が深いですな。
ラヴニールの年内の活動は、今週中まで。来週月曜からは冬休みをいただきます。
そうか、もう1年まで残り半月もないんですねぇ・・・
年を重ねるごとに、月日の経つのが早いような、そうでないような・・・
今年も、チキン、ケーキ、そしてお菓子にと、お腹いっぱいになりました♪
チキンはしっかり二度揚げしてます☆
ケーキのカットは、アプリを頼りましょう♪
ひととおり食べたあとは、人狼。人数が少なかったこともあり、ワンナイト人狼。
だます人、だまされる人、だましきれない人、見破る人、見破られる人、見破りきれない人、追及する人、追及される人・・・。
う~ん、頭をフル回転。
「あのときああすればよかったのに」
ということがあったので、次のときにも同じようにしたら、今度は逆のほうがよかった、とか。
「ここで怪しいって思ったから絶対人狼だと思った!」
「さっきも○○してて人狼だったから、また人狼だと思った!」
と思ってたら、あれ? はずれた。
奥が深いですな。
ラヴニールの年内の活動は、今週中まで。来週月曜からは冬休みをいただきます。
そうか、もう1年まで残り半月もないんですねぇ・・・
年を重ねるごとに、月日の経つのが早いような、そうでないような・・・
プロフィール
HN:
フリースクール「ラヴニール」
年齢:
14
Webサイト:
性別:
非公開
誕生日:
2010/04/01
自己紹介:
2010年4月より大阪市にて活動をしているフリースクールです。日常の様子、思うことなどを更新しています。過去には、学校に行かなかった体験談、フリースクールって何なん? も、連載していました(カテゴリ分けしてあります)。
ブログ投稿者:
代表と、スタッフ1名で担当しています。
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